経験学習を研修に導入する目的と意識すべきこと|効果を高める方法や具体例も解説

株式会社ダイヤモンド社 人材開発編集部(ダイヤモンドHRD総研)

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近年、経験学習が注目を集めており、多くの企業が人材育成の仕組みの中に経験学習を取り入れています。経験学習とは、自らの経験を通じて学び、そこから得た教訓を次の行動に活かして自己成長を図るサイクルです。育成の仕組みに経験学習を導入することで、個人の成長はもちろん、組織全体の生産性向上にもつながります。

本記事では、経験学習の基本概念や研修への導入方法、効果的に活用するためのポイントについて解説します。経験学習についての理解を深め、個人と組織の成長に活かすヒントを見つけていただければ幸いです。

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経験学習とは

 経験学習とは、実際の体験を通じて学びを深める方法論で、理論や書籍から学ぶだけでなく、実際の体験から知識を得る学習方法です。単に体験を重ねるだけでなく、振り返りや分析を行い、そこから得た教訓を次の行動に活かすことで、効果的な学習を促します。また、経験学習は、職場や日常生活における実践的なスキルや知識の習得にも有効で、企業の人材育成の仕組みにも広く取り入れられています。

 社会人は、年間2000時間程度の仕事経験を積んでいます。この仕事経験を社会人として成長するための良質な教材だとすると、ここから効率的に学ぶ習慣を身につけることは、一生成長し続けるためのノウハウを身につけることになります。

提唱者はデービッド・コルブ

 経験学習理論を提唱したのは、アメリカの教育学者デービッド・コルブです。1984年に『Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development』を発表し、学習がどのように経験から生まれるかを体系化しました。コルブの経験学習モデルは、4つのサイクルから構成されており、このサイクルを繰り返すことで効果的な学習が行われます。なお、コルブは経験学習を「具体的経験の変換を通じて、知識が創出されるプロセス」と定義しています。

 この4つのサイクルについては次の章で詳しく紹介します。

日本における研究の第一人者は松尾睦先生

 日本での経験学習の研究において知られているのが、青山学院大学経営学部経営学科教授の松尾睦教授です。松尾教授は、日本の組織において経験学習が機能するメカニズムを研究しており、多くの著書や論文を通じて経験学習を広く紹介しています。

『職場が生きる人が育つ「経験学習」入門』(ダイヤモンド社)

著書:『職場が生きる人が育つ「経験学習」入門』(ダイヤモンド社)

 松尾教授の研究はコルブの理論を基礎としつつも、独自の視点を加えて「ストレッチ・リフレクション・エンジョイメント」の3つの経験から学ぶ力が人の成長に大きく関わっているとしています。

経験学習は4つのサイクルで構成される

 経験学習サイクルは以下の4つのステップから構成されており、これらのステップを繰り返し実践することで持続的な学びが得られます。

経験学習サイクル

経験学習サイクル

ステップ1:具体的経験(経験する)

 具体的な経験は、実際に何かを体験し自分なりのスキルを生み出すための出発点となります。日常業務の中で新しい課題に挑戦し、新しい経験を積むことが目的です。例えば、初めてのOJT経験やプロジェクト参画が、このステップに該当します。ここで重要なのは、学習者が積極的に経験する姿勢です。失敗を恐れずに挑戦することが学びにつながります。具体的には、自分の現在の能力でできる範囲の、110%から120%、手を伸ばせば届くくらいの仕事が、経験から学ぶためには適しています。次のステップに進むための基盤となるため、できるだけ多くの経験を積むとよいでしょう。

ステップ2:内省(振り返る)

 内省は、経験を振り返り分析するステップです。経験によって「何が起こったのか」「なぜそうなったのか」「自分はどう感じたか」「良い点悪い点は何だったのか」を自己分析します。研修ではこうした「振り返り」の時間が十分に取られていないケースも少なくありません。しかし、実際にはこの「内省」が最も重要です。


 振り返りを通じて得られた気づきが、次のステップである「概念化」へつながります。したがって、内省の時間をしっかり設けることが、学習効果を高めるためには不可欠です。

ステップ3:概念化(教訓にする)

 概念化のステップは、振り返った結果を理論的に整理する段階です。この段階では、経験から得た教訓を次の行動に活かすための具体的なアプローチを考えます。例えば、プロジェクトでの失敗から得た教訓を整理し、次回のプロジェクトでどのように改善できるかを考えるなどです。ここで気を付けておきたいのは、失敗だけではなく成功の振り返りをすることが欠かせないことです。成功要因を教訓化することにより、成功の再現性が生まれます。研修では、ケーススタディから教訓を学ぶのが一般的です。

ステップ4:実践する(新しい状況に適用)

 最後のステップは、経験から得られた教訓の落とし込みです。実際に教訓を実践することで効果を検証します。ここでは、習得した経験やスキルを現実の業務に適用し、そこから新たな経験を積むことが目的です。そこで得た新たな経験が、次の経験学習サイクルの出発点となります。このサイクルが繰り返されることで学習が深まり、持続的な成長につながります。

経験学習サイクルとPDCAサイクルの違い

 「経験学習」と「PDCA」は、一見、似ているように見えます。しかし、目的と焦点に大きな違いがあります。経験学習の目的は、経験から学びを引き出し次の行動に活かすことです。4つのサイクル(具体的経験、内省、概念化、実践)を繰り返しながら学習を深めます。

 一方、PDCAは、計画に基づいた改善を図るのが目的です。Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の4つのステップで構成されます。両者の違いは、経験学習が個人の成長に重点を置くのに対し、PDCAは目標や業務の改善に焦点を当てる点です。また、PDCAは計画された経験を振り返るのに対して、経験学習は、予期せぬ経験も振り返り、学習につなげます。

PDCAのイメージ

PDCAのイメージ

【ポイント】

経験学習:経験を概念化することで既存の枠組みを超えた学びを得る

PDCA:目標達成や業務改善を行うためのサイクル

経験学習を研修に取り入れる目的

 経験学習を研修に取り入れる目的は、主体的に考え、自走する人材を育成し、組織の成長を実現することです。具体的には、以下のような効果が期待されます。

自己成長の促進

 従来型の研修では知識のインプットが重視されがちで、理論や概念の習得だけで終わってしまうことも少なくありません。しかし、経験学習は実際の体験を通じて学ぶため、経験の過程で得た教訓を今後の行動に反映しやすい点が大きなメリットです。

 経験学習を通じて身の丈に合った、問題解決や判断をする上のマイセオリーを紡ぎだすことにより、即戦力として活躍が期待できるでしょう。また、自分の成長が感じられれば、モチベーションも向上します。

組織全体の学習文化の浸透

 経験学習は主体的に行動する力を養います。この自発的な学習姿勢が組織全体に広がることで、学習文化が浸透するのです。また、内省のステップにおいて、お互いにフィードバックしあう仕組みを導入することで、さらに、学びの姿勢を持つ社員が増加します。

 こうした一人ひとりの学びの姿勢が、結果的に「学習する組織」になるのです。このように、経験学習は、組織全体の学習文化を作っていく上でも非常に効果的と言えます。

業務の質と生産性の向上

 経験学習を研修に取り入れることで、業務の質と生産性を向上させるのも目的のひとつです。経験学習では、過去の失敗や成功を分析し、改善策を導き出す力が養われます。経験から学んだ改善案をすぐに業務に応用することで、業務効率が向上するでしょう。

 また、経験学習は「どのように実践に移すか」も身につくため、現場での応用力も上がります。結果として、社員一人ひとりがより高いパフォーマンスを発揮するようになり、全体的な生産性の向上が期待できます。

経験の質を高める

 経験学習を研修に取り入れる目的のひとつは、経験の質を高めることです。経験学習を通じて、日々の業務や出来事を深く掘り下げて分析する習慣が身につきます。例えば、表面的な現象だけでなく、その背景にある本質的な問題を考える能力なども習得可能です。さらに、経験学習を通じて、自分の強みも認識できるようになります。

 こうした分析によって、得られた経験がより質の高いものになるのも大きなメリットです。経験の質が高まれば、より難易度の高い業務もこなせるようになります。

人材育成の効率化

 経験学習は、人材育成を効率化する手法としても効果的です。研修で得た知識を即座に実践に移すことで、学習の定着率が向上します。特にOJTのような現場での実践を伴う研修では、知識の定着が早く、研修の成果が短期間で現れることも少なくありません。

 経験学習では、実際の業務の中で得た経験をもとに進めるため、早く人材が育ちやすいのが特徴です。このような理由から、人材育成を効率化する方法として注目されています。

経験学習を研修に導入する際に意識すること

 経験学習を効果的に研修に取り入れるためには、いくつかのポイントを押さえておく必要があります。以下に、注意点を見ていきましょう。

一方的な指導を避ける

 経験学習研修では一方的な講義形式ではなく、参加者が主体的に学ぶことを重視しましょう。講師は「教える」というスタンスではなく、発言を促すファシリテーターとしての役割を担うのがポイントです。一方的な指導になってしまうと受け身になってしまう可能性があります。

 経験学習の基本は「経験を通じての学び」です。そのため、参加者に自分で考えさせ、解決策を生み出させることで思考力や実践力が養われます。質問を投げかけて参加者の思考を促したり、ケーススタディを用いたりして、自ら判断や行動を取らせることが大切です。

積極的にコミュニケーションを取らせる

 経験学習研修においては、積極的なコミュニケーションも学びを深めるための重要な要素です。コミュニケーションを通じて、自分の考えを言語化する力や、周囲の意見を聞く力が養われます。周囲からのフィードバックは自己改善につながる重要な要素です。

 そのため、研修中は、参加者同士や講師とのディスカッションの機会を多く設けましょう。研修の際に、グループワークの時間を設けることで、積極的な意見交換を促すのも効果的に学習を進めるポイントです。

フィードバックで確認する

 経験を内省し次の行動に生かすためには、フィードバックが不可欠です。指導者や同僚からフィードバックを受けることで、自分の弱点や改善点に気づきくことができます。また、フィードバックする側は、単なる評価や感想ではなく「良かった点」や「改善できる点」などを具体的に伝えるのがポイントです。ただし、フィードバックでは、建設的なコメントを心がけ、参加者のやる気を削がないように注意する必要があります。

振り返りの時間を設ける

 研修効果を高めるためには、振り返りの時間を十分に確保し、自分の行動や考え方を見直して整理することが不可欠です。研修の終了時だけでなく、各セッションの終わりや、重要な活動の後にも振り返りの時間を確保しましょう。

 振り返りの時間は「KPT(Keep・Problem・Try)」や「YWT(やったこと・わかったこと・次にやること)」などのフレームワークを活用して振り返るのが効果的です。また、グループでの共有も効果があります。他者の経験や気づきを聞くことで、自分では気づかなかった視点が得られ、さらに学びが深まります。

実践につなげる意識づけ

 経験学習研修の効果を最大化するためには、研修で得た学びを実際の業務に活かす意識づけが重要です。研修では、参加者に「学んだことをどのように実践に活かすか」を具体的に考えさせ、アクションプランを作成させるとよいでしょう。アクションプランには、短期的な目標と長期的な目標を設定し、具体的な行動計画を書かせると、進捗が確認しやすくなります。

 「研修が終了したら終わり」ではなく、研修後も進捗状況を確認し、実践を促す意識づけを行うことが学習サイクルを回していくポイントです。

経験学習を研修に取り入れるための施策

 最後に、経験学習を研修に取り入れて効果を出すための具体的な方法を5つ見ていきましょう。これらの方法は、単独で実施できますが、複数を組み合わせることで、より効果的な研修プログラムになります。

OJTの実施

 OJT(On-the-Job Training)は、実際の業務を通じて学ぶ育成方法です。経験学習のサイクルを活用することで、先輩の業務を真似るだけではなく、自分で考え、振り返り、課題を解決する力を養います。特に若手社員は、内省や教訓化が疎かになりがちです。マネジャーやOJT担当が対話の相手となることにより、深い内省をもたらすことが可能になります。

 例えば、新しいプロジェクトに参加させる際、目標設定から振り返りまでのプロセスを明確にし、他者と対話する機会を組み込むことで、経験学習サイクルを効果的に回すことができます。OJTは現場での経験が積めるため、実践的な学びが得られやすいメリットがあります。内省とフィードバックも忘れずに行いましょう。

1on1ミーティング

 1on1ミーティングは、上司と部下が定期的に行う個別面談です。ミーティングを活用する際は振り返りと学びの機会として位置づけるとよいでしょう。例えば、事前に振り返りシートを用意し、記入してもらうのも有効です。面談では失敗を否定するのではなく、挑戦した姿勢を評価しましょう。

 重要なのは、成長のための対話の場にすることです。こうした環境にすることで、次の行動に活かす意欲が湧きます。また、できるだけ部下に話させ、上司は聞き役に徹しましょう。話させることで内省を言語化する経験になります。

eラーニング

 近年は、研修をeラーニングで行う方法も増えています。一番のメリットは自分のペースで学びのサイクルが作りやすい点です。ただし、ひとりで学習するためモチベーションが下がったり、内省の機会が減ったりする可能性があります。そのため、フィードバックの機会を増やすなど、内省を促す工夫が必要でしょう。

 eラーニングは、時間や場所の制約を受けずに学習できる一方で、体験や学習者同士の協力といった学習には向いていないため、他の手法との併用をおすすめします。

ジョブローテーション

 ジョブローテーションは、定期的に異なる部署に配置転換を行い、様々な業務を経験させる育成方法です。今までの経験を新しい業務に活かせるチャンスとなります。ジョブローテーションを実施する際は、単に異動させるだけでは意味がありません。1on1ミーティングと併用し「新しい部署で何を学ぶべきか」を異動前に明確にしておくと効果的です。

 ジョブローテーションはさまざまな業務を経験することで、より広い視野で物事を捉える能力を養えます。また、異なる部署での経験は、組織全体の理解を深める効果もあり、部門間のコミュニケーションの活性化も期待できます。

アクションラーニング

 アクションラーニングは、現実の課題解決を目的としたグループ学習の一環として、取り入れられる手法です。一般的なグループ学習とは異なり、実際の問題を解決するため、学んだ内容を即座に応用できる点がメリットです。

 また、アクションラーニングは、それぞれの体験学習だけでなく、組織力が向上するメリットがあります。例えば、課題に対して、個々の経験が異なるため、それぞれ意見を出し合うことで最適解を出そうとするチームワークが生まれます。結果的にチーム全体の問題解決力が上がるのです。

体験学習研修の実践事例

 ある企業では、マネジメントを伴う役職者になったタイミングで「経験学習リーダーシップ研修」を実施しています。以前は、ビジネススキルを身に付ける研修が中心だったため「上司に意思が伝わらない」「考え方にギャップがある」といった声が若手社員から上がっていたのです。そのような中、松尾先生の書籍「部下の強みを引き出す経験学習リーダーシップ」に出会い、経験学習が人材開発の基本であると痛感し、経験学習リーダーシップ研修を取り入れました。

 具体的には、実際に学んだことを忘れないうちに活かせるよう、部下の評価面談を実施する直前に研修を行っています。研修の結果「学んだ内容を面談に取り入れることができた」といった感想が得られ、多くの参加者の行動変化につながりました。さらに研修後のアンケートの結果では以下のような意見も挙げられています。

  • 新しい気づきがあり、実践にすぐ活かせる内容だった
  • 新任のマネージャーにも、ベテランのマネージャーにもためになる
  • 部下の良さを引き出すための手法がわかりやすかった
  • 今抱えている悩みの解決の糸口にできた
  • 育て上手のマネージャーになれるノウハウを得られた

 このように、経験学習を取り入れたことで、参加者が「ぜひ推奨したい」と思えるほど満足度の高い研修になった事例があります。

まとめ

 経験学習は経験を通じて学び、成長するプロセスです。経験学習を育成の仕組みに取り入れることで、自己成長の促進や学習文化の醸成、業務の質と生産性の向上が期待できます。これらの方法を効果的に研修するためには、自分で考え行動させることや、実践を意識させるなどのポイントを押さえることが重要です。

 経験学習は、あくまでも個人の内面的な成長に焦点を当てています。この点を理解し、研修に取り入れることで、より効果的な人材育成が可能です。

 また、経験学習の効果を最大化するためには、組織全体で取り組む必要があります。経験学習を企業文化として根付かせることで、組織の競争力向上につながります。

記事監修|ダイヤモンド社HRソリューション事業室顧問 永田正樹

ダイヤモンド社H Rソリューション事業室顧問・ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教・立教大学経営学研究科リーダーシップ開発コース兼任講師博士(経営学)、中小企業診断士、ワークショップデザイナーマスタークラス。「アカデミックな知見と現場を繋ぎ、人と組織の活性化を支援する」をコンセプトとし、研究者の知見をベースに、採用・育成・定着のスパイラルをうまく機能させるためのツールやプログラムの開発に携わる。また、企業のOJTプログラムや経験学習の浸透のためのコンサルテーションも行っている。

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