「大人の学びを科学する」をテーマに研究と実践を続ける 人材開発・組織開発の中原淳先生(立教大学 経営学部 教授)と、 ダイヤモンド社の約20年にわたる歴史を振り返る
- ダイヤモンドHRD総研
ダイヤモンド社のHRソリューション事業室のコンセプトは「アカデミックな知見と現場をつなぎ、人と組織の活性化を支援する」というもの。実際、HRソリューション事業室のメンバーは、長年にわたって大学教授などの専門家と交流を深め、その知見を取り入れながら商品やサービスを開発・提供してきた。今回は、そんなダイヤモンド社のHRソリューション事業室が、長年タッグを組んできた人材開発・組織開発の権威・中原淳先生にインタビュー。ダイヤモンド社との約20年にわたる歴史を振り返ってもらった。(聞き手/ダイヤモンド社 HRソリューション事業室・広瀬一輝)
ダイヤモンド社から出版した書籍は10冊以上に上る
広瀬 2023年6月に、新刊『人材開発・組織開発コンサルティング:人と組織の「課題解決」入門』(ダイヤモンド社)が発売されました。ダイヤモンド社で中原先生に執筆していただいた書籍は、共著のものも含めると、すでに10冊を越えますね。
中原 そうですね。どの本にも思い出がありますが、新刊『人材開発・組織開発コンサルティング』に関して言えば、とにかく大変だったという記憶がまだ鮮明です。文字数が多かったですし、図版も多かったですよね。いったん全部書き終わって初校をチェックしたときに、やっぱりわかりにくいところが多いから、大幅な加筆が必要だということになって。当初13万字だった原稿が、気づけば30万字を超えました。これまでたくさんの本を出してきましたが、初めて「これは、終わらないんじゃないか」と思いましたよ(笑)。編集担当の広瀬さんとも何度もやりとりして、その節は大変お世話になりました。原稿づくりにご協力いただいた、井上さん、永田さん、小川さんにも感謝いたします。
その後、おかげさまで大勢の方に読んでもらい、好評をいただいています。「人事担当者だけではなく、全管理職が読んだほうがいい」と言ってくださったプロの方もいて(本間浩輔さん:元ヤフー人事責任者)もいて、苦労して作り上げた甲斐があったと感じています。
広瀬 『人材開発・組織開発コンサルティング』の出版企画は、立教大学の大学院で、人材開発・組織開発のプロフェッショナルを養成するコース*が作られたことをきっかけにスタートしたんですよね。
* 立教大学大学院 経営学選考 リーダーシップ開発コース(LDC)
中原 このコースは、学生自らクライアント組織を探してきて、組織の状況を調べてフィードバックを出し、人材開発・組織開発を手掛ける――という一連の流れをすべて実践することが、修士号取得の条件になっています。
人材開発や組織開発の理論について知識があったとしても、それを実務で活かすのは難しいものです。授業の中では、理論と実務を紐づける方法を学んでもらわなければなりません。そこで、授業に活かせるように、僕自身が今まで実践してきた理論と実務の紐づけ方をまとめてみようと考えたことが、そもそもの始まりでした。
多くの出版社に断られた後、ダイヤモンド社で1冊目の本を出版
広瀬 先生はこれまでにも、さまざまな出版社から、非常に多くの本を出版されています。どんな本を作るか決める際には、その時々の関心領域をテーマにされているのでしょうか?
中原 多くの方々に読んでもらえて、受け取ってもらえるもの、実践してもらえるものをつくりたいですね。研究を通して、社会とつながりたいと願っています。最初に出した『企業内人材育成入門:人を育てる心理・教育学の基本理論を学ぶ』(共著・ダイヤモンド社)も、自分が今興味を持ってやっていることを、できるだけ多くの人に知ってもらって、役立ててもらいたいということで書かせてもらった本ですね。多くの共同執筆者の方々にも恵まれました。『企業内人材育成入門』の出版は2006年で、出版に向けて動き始めたのは2004年の年末くらいだったでしょうか。米国・マサチューセッツ工科大学への留学を終えて、帰国したばかりの時期でした。
広瀬 先生はいつ頃から、企業内の人材育成・人材開発といった分野に興味を持たれたんですか?
中原 興味をもったのは20代中盤、転換したのは20代後半です。それまでは、学校での学びを研究していました。僕の研究者としてのキャリアには、3つのポイントのようなもののがあるような気がします。
ひとつは「学び」。この分野を研究していた佐伯胖先生に指導教員になっていただいて「対話・内省・学習」といったキーワードにあたるような研究をしていました。一番最初にやった研究はエスノグラフィー(定性的研究)でした。現場に出向いて、ひとの話を聞く、観察する面白さは、ここで学びました。
次に「調べる」。僕は、当時、社会学にも興味をもっていたこともあるかもしれません。苅谷剛彦先生に勝手に私淑して、他の学科の、通年の演習(社会調査の実習)に参加させていただきました。そこでは量的調査の基本を知りました。
最後に「つくりだす」。大学院時代は教育工学という分野に興味をもち、インターネット上に学習環境をどのようにつくりだすのか、を研究していました。当時は、プログラミングなどもかじりました。「学び」「調べる」「つくりだす」・・・何となく、僕っぽくないですか?(笑)これに「大人」を「かけ算」したら、今の僕っぽいと思うのです。
その後、企業内の人材育成・人材開発に転換したのは20代の後半かなと思います。当時、学習研究で、研究される対象は、ほとんど「子ども」に限定されていました。ですが、言うまでもなく、「大人」になってからだって、人には学ぶ機会がたくさんあります。自分が教育の研究者として、社会に貢献できることは何だろうか、と考えたとき、これまであまり研究対象となってこなかった“大人の学び”に着目してはどうか、と思い立ったことが、人材開発の領域に足を踏み入れたきっかけです。
そこで、人材開発に関する本を出したいと思ったわけですが、2004年当時の僕はまったくの無名で、人材開発なんて言っても就職経験はなく企業の現場も知らない、ただの“茶髪ロン毛で、革パンをはいたあんちゃん”だったんですよ(笑)。それがいきなり本を出したいと言っても、出版社の側だって、なかなかうんとは言ってくれない。今からすれば当たり前だと思います。
それで、共同執筆者の何人かと、いくつもの会社に出版を持ちかけては断られたんですけど、ダイヤモンド社さんだけは「いいでしょう、作りましょう」と、チャンスをくださって。これが、ダイヤさんとのお付き合いの始まり。そのときの編集担当だった石田さん(現ダイヤモンド社代表取締役社長)には、心から感謝しています。
敷居が高い学術論文ではなく、実務に活かせるわかりやすさを重視した
広瀬 先生の最初の本『企業内人材育成入門』は、心理学・教育学の知見や理論が、企業内の実例に紐づいて解説されていて、初心者でもわかりやすいです。ある研修講師の方は「当時の研修・コンサル業界にとって『黒船』だった」と言っていました。
中原 黒船だったかどうかはわかりませんが、たくさんの人事の方に読んでもらえて「企業の人材育成って、理論で語れるんだ」ということを知っていただけたのは、よかったと思います。この本は、いきなり専門用語を多用した理論から入っても、読んでいる人にはピンと来ないと思ったので、各項目の冒頭に色んな実例を載せているんですよ。先にお話しした新刊でも意識したことですが、最初の本の時点からすでに、読んだ人が理論と実務を結び付けられるようにする、ということは重視していました。いくら小難しい理論を語っても、伝わってナンボなんです。
ただ、これは言うのは簡単ですが、なかなか難しいことです。本の中に実例をいくつも出すのには苦労しましたね。そこで、最初の本を出した直後くらいから、ダイヤさんにも協力してもらって、さまざまな企業で人事を担当する方々に、片っ端から会わせてもらうようにしました。これまでに聞き取り調査した人数は、無数だと思います。そのつながりで話を聞かせてもらったり、OJTの調査をやらせてもらったり。職場の調査をやらせてもらって、実務の悩みに関する生の声をたくさん聞いて、貴重なストックを増やすことができたのが、この頃です。
世間的には人材開発に対する認知度がまだ低く、さらに広げていくのが目標
広瀬 先生はそのほかにも、大学の研究会の主催などによってネットワークを構築し、情報収集をされていましたよね。
中原 本の企画が進んでいた2004年あたりに東大の講師に就任、次の年に助教授に昇進しました。そこで「Learning_bar」という名の“組織学習・組織人材の最先端の話題を扱う研究者と実務家のための研究会”を主催していました。飲みながら楽しく情報交換するんですけど、そういう場を作ると、本当に色んな人が集まってきてくれて。そのネットワークの中で「今度こんな研修を作るんだけど、知恵を貸してくれないか」だとか「うちで、こんな共同研究やらないか」だとか、現場とつながる貴重な機会を手にすることができました。
2009年からは、社会人対象の慶應丸の内シティキャンパス(MCC)で「ラーニングイノベーション論」という講座を持つようになって、さらに学生の数が増えていきました。MCCの学生は社会人なので、すでに人事の現場で研修を担当しているなど、なにがしかのノウハウを持っていることも多い。慶應MCCでは、僕が、一番、各企業の生の事例から学んでいるつもりで授業をしています。そういう人たちの暗黙知を言語化していく必要があるな、と感じて、5年くらいかけて書いた本が『研修開発入門:会社で「教える」、競争優位を「つくる」』(ダイヤモンド社)です。この本も、例によって図版が多かった。編集の方は、かなりイヤだったんじゃないかな(笑)。
広瀬 その後、『研修開発入門』を基にコンテンツを構成したセミナー「研修開発ラボ」(ダイヤモンド社主催・中原先生監修)も立ち上げられました。このラボを開こうと思われた理由を伺えますか?
*研修開発ラボ https://jinzai-lp.diamond.co.jp/lab/
中原 今も昔も一貫して思っていることなんですが、世の中では人材開発というものがまだまだ認知されていません。これまで約20年間色々とやってきて、研究のレベルは上がっています。また、ずいぶん、人材開発に関する言葉も専門用語も増えました。当時は、OJT、Off-JT、自己啓発の3つしか、人材開発を語る言葉がなかった。しかし、フィードバック、1on1、リフレクション、ジョブクラフティング・・・・様々な言葉が生まれました。確実に20年前より、人材開発のレベルがあがってきつつあります。しかし、まだまだ、広がりは足りない。都心の大企業などでは、人材開発に力を入れるところも増えてきていますが、日本全体の99.6%を占める中小企業には、ほとんど知られていないという印象を持っています。まだまだこれからなのです。しかし、夜明けは来るのだ、と信じてやっています。
だからこそ、あの手この手で裾野を広げていき、特に若い世代に継承してもらいたい。こういう考えから、ラボをやり、MCCをやり、大学院もやっているんです。ダイヤさんとやらせてもらっているこのラボは、もう始めて10年くらいになりますね。毎年こうやって地道に学生を輩出していけば、少しずつでも業界が活性化していくんじゃないかな、と思っています。
“人材開発の定義の広がり”を契機に、組織開発の領域にも着目
広瀬 当初、先生は人材開発を研究されていて、途中からは組織開発(OD)というキーワードも登場します。これはいつ頃から、どういうきっかけだったのでしょうか?
中原 初期に執筆している本はすべて“個人がどうやって変わるか”という、人材開発の領域に材を取った内容でした。ただ、2010年頃からでしょうか。研究上でも、人材開発の定義がどんどん広がり始めたことがあります。また、成果を組織にもたらすことがもとめられるようになってきました。これまでは“個人を変えればよかった”のが、“チームや組織を変える”という話に移っていった。人が変わったとして、組織にどんなインパクトがあるのかがわからなければならなくなった。
僕個人は、もともと学習について研究していて、人を変えるという領域には土地勘があるけれど、組織を変える、という話になってくるとまた学び直さなければならないという自覚がありました。この行き詰まりをどうしたものかと悩んでいたとき、たまたま南山大学の中村和彦先生が手掛ける「組織開発ラボラトリー」というのがあって、数年間、参加させていただくことになりました。中村先生や、そこで出会った組織開発を志す人々との出会いには、感謝しています。
そこで、経験を通じて人を変えるということと、チーム・組織の経験を構成メンバー全員が振り返って、チーム・組織を変えるというのは、結局のところルーツが同じだ、という気づきを得ました。両者は、プラグマティズムという思想のもとに広がった「兄弟」のようなものだったのです。そこからは、両者を分けて考えるのはナンセンスだと考えるようになりました。よき人材開発には、組織開発がともなう。よき組織開発には、人材開発がともなう、という言葉に、わたしがたどりついた瞬間でした。この考えを、中村先生とともにまとめたのが『組織開発の探究:理論に学び、実践に活かす』(共著・ダイヤモンド社)です。
広瀬 『組織開発の探究』は2018年の発売ですね。私は2017年からHRソリューション事業室に所属しているので、この本は先輩が編集を担当しましたが、よく覚えています。
中原 僕にとって、この本は、とても楽しい本でした。特に楽しかったのは、人材開発・組織開発のルーツを歴史的、かつ、哲学的にたどっていく部分です(笑)。あそこは、実は「ミステリー小説」を書いているつもりで書いていました。パンドラの箱をあけて、そのルーツをのぞいてみると、ものすごく入り組んだ歴史が一本につながっていくかのように、僕は、書いたつもりです。
「共同研究」という名の船に乗り、研究の成果を現場に届けていきたい
広瀬 この20年間、書籍の編集のほかに、WPL(職場改善診断)やD-GATE(グローバル人材診断)といったテスト開発、DTPF(オンライン新入社員研修)やアンコンシャスバイアス研修といった研修開発など、さまざまなプロジェクトに共同で取り組んできました。ここ数年は、先輩方に代わって私が先生とご一緒する機会を多くいただき、私自身、とても勉強になっています。
中原 ダイヤさんには、もう長いこと「共同研究」という名の船に一緒に乗っていただいていますね。僕は研究もやるし、実務もやるし、サービスも作りたいです。要するに「自分と、自分に志を同じくしてくれる人々と、ともに「探究」し、その知見を、社会に「お届け」したいのです。若手の広瀬さんのような方に代替わりしながら、長くお付き合いいただけるのはありがたいことです。
人材開発・組織開発の領域では、研究した成果を現場になるべく早くお届けし、活用してもらってこそ意義がある、とずっと思っているんです。そのため、最新の研究を活かして本や研修を作ったり、サービスを開発したりすることを大切にしています。
広瀬 2021年からは先生のゼミに所属されている大学生の方々との共同開発プロジェクトの機会もいただきました。第1回の「内定者フォローワークショップ」はすでに70社以上に導入されていますし、第2回の「OJT活性化ワークショップ」も10月1日リリース後、すでに導入を決定いただいた企業がでています。
中原 中原ゼミとのコラボプロジェクトでは、ダイヤモンド社の広瀬さん、永田さんらに加え、田村さん、廣畑さん、井上さんなどにも大変御世話になりました。またふだんは企業をまわっておられるダイヤモンドヒューマンリソースの濱崎さん、石丸さん、永井さん、渋木さん、筒井さんなどにも大変貴重なフィードバックをいただきました。
大学院のみならず、学部生の指導においても、理論を教えるだけではなく、実際の課題解決を通して学ぶということを大事にしています。伴走はなかなか大変ですが、何度もゼロから考え直すといったタフな活動を通して、学生にとって大きな成長の機会になりました。多くの企業に導入いただけたことは、とても嬉しく、ありがたいことです。
広瀬 プロジェクトに協力いただいた企業の方からは、ゼミ生を人事に採用したいという声もありました。最近は総合職採用に代えて職種別採用も増えてきています。新卒で人事を希望し、実際に入社後すぐ人事に配属されるケースも出てくるなど、だいぶ時代が変わってきている印象です。
中原 そこはたしかに、ここ数年で大きく変わった部分です。大学や大学院でも、人と組織に関心を持つ学生が増えてきましたし、企業の側も、そういう人材を採りたいと考えるようになってきました。これからは、そうした変化に合わせた研修やサービスも考えていかないといけませんね。
担当が若い広瀬さんに代わり、僕は勝手に「親心」を持っているというか、広瀬さんの成長される姿を見守っているような気持ちもあるんです。まだまだ僕も現役で頑張らなくてはなりませんが、広瀬さんの世代、より若い世代に、確実に「バトンタッチ」をしていきたいですね。若い世代のみなさんを影ながら応援しつつ、共に学びながら、現場で役立つものを作っていきたい、と願っております。
立教大学 経営学部 中原淳 教授
東京大学教育学部卒業。大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、2018年より現職。2023年6月に『人材開発・組織開発コンサルティング』(ダイヤモンド社)発売。ほか、著書多数。
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