従業員体験とは?|働きがいの実感できる環境づくりのために、いま人事がすべきこと
- ダイヤモンドHRD総研
優秀な人材の退職を防いだり、従業員のモチベーションを維持したりするため、企業には働きがいを実感できる環境づくりが欠かせません。こうした背景を踏まえ、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)2025年2月号では、「従業員体験 働きがいを実感できる環境づくり」を特集しています。従業員体験とは、従業員を顧客(ユーザー)と捉え、職場におけるユーザー体験を高めるという発想に基づいたコンセプトです。
経営者は、いかに従業員体験の向上を人事戦略に組み込み、実行すべきでしょうか。本号の読みどころと併せて、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』編集長の常盤亜由子が解説します。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)
ユーザーエクスペリエンスの発想を職場環境に応用する
「モノ消費からコト消費へ」というトレンドが2010年代半ば頃に生まれたことを記憶されている方も多いと思います。物を購買することで得る満足ではなく、より特別な体験を得ることにお金を使いたいという消費の変化を指しており、このトレンドをなぞるようにしてビジネスの文脈では「ユーザーエクスペリエンス」(UX)という言葉が使われるようになりました。
今回の特集のキーワード「従業員体験」は、まさしくこのUXの発想を応用したもので、ユーザーを従業員に置き換え、新しい視点で職場環境を見つめ直すことを提案しています。耳慣れない言葉かもしれませんが、日本の人事部やHR部門の方にぜひ着目していただきたい、いま米国で注目の新たなコンセプトです。
雇用の流動性が高い米国では、コロナ禍をきっかけに人々が人生や働き方を見つめ直すようになり、大量に従業員が退職する現象が起こりました。当時に比べると、その状況は落ち着きを見せていますが、人は一度でもあのような経験をすると価値観が大きく変わるものです。
そのため、苦労して採用した優秀な人材にあっさり退職されてしまうという問題はいまも引き続き起きており、彼ら彼女らの従業員体験を高めて引き留めることが経営課題の一つになっています。
一方の日本は、以前に比べれば、たしかに雇用の流動化が進んでいるものの、米国企業ほど退職が増えているわけではありません。ただし、それとは別の問題を抱えています。
大手を中心とした日本企業の従業員は、一般的に勤続年数が長く、同じ環境に居続けることで新鮮味を失って働く意欲が低下しやすい傾向にありますが、転職を考える人は少数派であるため、従業員のモチベーションをいかに高めるかが経営課題になっています。
そこで重要視すべきなのが従業員体験の向上です。米国と日本では人材の流動性に関する条件が異なりますが、コインの裏表のように、行き着くイシューは同じなのです。
かつては、給料の高さや職場環境のよさといった外的報酬が優秀な人材を引きつける要素として効力を発揮していました。しかし、その魅力は永遠に続くわけではありません。そこで、より効果的なものが内的報酬です。この職場はやりがいを感じさせてくれるか、特別な体験をさせてくれるか、成長させてくれるか。まさに職場における「モノからコトへ」の変化が、今回の特集を組んだ背景にあります。
我が社におけるコトとは何であり、その充実をどのくらい図れているか。自社が従業員に対して提供する環境を見つめ直す一つのきっかけとして、今回の「従業員体験」特集を参考にしていただきたいと思います。
特集論文1「従業員が辞めていく企業は何を間違えているのか」
ここからは本特集で掲載している論文をご紹介します。論文「従業員が辞めていく企業は何を間違えているのか」では、多くの企業が従業員の退職理由を正しく把握しきれない点を指摘しています。
企業は人材の定着率を少しでも高めるようと、定期的に従業員に対して満足度調査を行ったり 、去りゆく退職者に面談を実施して退職理由をヒアリングしたりしています。それにもかかわらず、退職者が後を絶たないのはなぜでしょうか。
それは、立つ鳥跡を濁さずといったところで、退職者がそのような調査や退職時の面談において、退職する本当の理由を話すことはないからです。
そこで、著者らは過去15年間に延べ1000人以上の転職者を調査し、辞めた本当の理由を引き出したうえで、その理由を4つに集約しています。
1つ目が現在の状況からの「脱出」。いま働いている職場における障害から逃げようすること。2つ目が「コントロールの回復」で、ワークライフバランスの崩れている状況を是正すること。3つ目が「整合性の回復」で、自分の持っているスキルや経験がいまの職場に見合っていないこと。最後は「次のステップへの移行」で、この職場で学び尽くし、さらに成長したいという理由です。
筆者らは、これらを理解したうえで、退職を防ぐために何をすべきかを提案しています。
先ほど述べたように、多くの企業は退職時に面談を行いますが、それではあまり意味がありません。おすすめは退職時ではなく、従業員が新たに転職してきた直後に、前職の転職理由を聞くことです。
転職直後であれば、なぜ前職を辞めたのか本音で話しやすく、仕事をするうえ で、何に重きを置いてどう仕事をしたいのかが明らかになりやすいといいます。本稿は米国の労働者に対する調査をもとにしていますが、バックグラウンドが異なる日本でも当てはまる内容ではないでしょうか。
特集論文2「仕事の満足度を高めるためにプロダクトデザインの発想を応用する」
次にご紹介する「仕事の満足度を高めるためにプロダクトデザインの発想を応用する」は、テック系スタートアップ企業などが取り入れているUXの発想を人事に転用する方法を紹介しています。
先ほどの論文でもUXの発想を人事に取り入れる手法を紹介していますが、より深く解説しているのが本稿です。米ソフトウェア企業であるアサナなどの事例も掲載しており、直観と経験値だけでなく、SaaS系プロダクトを磨いていくように、従業員の課題に日々対処する具体的な方法を知ることのできるおすすめの論文です。
本稿において、特に興味深いのがこの図表です。従業員は、各自さまざまなタスクを抱えていますが、やりたくない仕事ばかりやらされれば、誰でもやる気が下がるものです。そこで、どのくらい従業員がやりがいを持って働けているかをマトリックスにプロットしたのがこちらの図表になります。
縦軸が「チームの強みへの貢献」がどれくらいできるタスクか、横軸が「ビジネスにとっての価値」がどれほどあるタスクかを表しています。右上のボックスはチームとビジネスにおいて重要度が高く優先度を上げるべきもので、左下はビジネス的な価値やチームへの貢献度が低いためタスクの再考が必要です。
また、オレンジのバブルはやりがいがあるタスク、青は不満があるタスクを指します。丸の大きさは、タスクに費やす時間です。この例で言うと、「契約管理」という丸は、やりがいがあって時間を費やしたうえで、価値を出せているタスクです。
逆に、左下にある青い丸に当たるタスクをやらされ続ければ向上心を失うため、より適切なチームメンバーに仕事を割り振るなど、マネジャーは考慮する必要があります。
本稿で紹介しているように、ある人にとってやる気の上がらない仕事やタスクを、やる気のあるメンバーに移すのも一つの手ですが、それができる企業ばかりとは限りません。これは本稿で解説しているものではありませんが、そうした際に役立つのが、いま行っている仕事の意義を見出すことで、価値ややりがいを高めるジョブクラフティングという手法です。
近年、特に若い世代は何のためにこの仕事をしているのかというパーパス、目的意識を重視する傾向にあります。なぜあなたにこの仕事を任せたのか。それを理解させることこそ、マネジャーの重要な仕事です。何のためにこの仕事をしているかわからない人がチームメンバーにいるならば、それはマネジャーの役割を果たせていないサインといってよいでしょう。
特集論文3「従業員の声を組織にうまく反映させる方法」
最後にご紹介したい論文が「従業員の声を組織にうまく反映させる方法」です。現在、多くの企業が従業員の声を聞く活動を行っていると思いますが、本稿ではその活動自体が目的化して、従業員の声をうまく活かせていない点を問題提起しています。そして、7つのステップを踏みながら、職場環境の改善に従業員の声を活かす方法を紹介しています。
1年または半年に一度、従業員満足度調査を行う企業がありますが、この調査が職場の改善につながっている手応えがないと、従業員はアンケートへの回答がおざなりになってしまいます。そうならないためにも、人事は声を聞くだけでなく、具体的な職場の改善につなげなければなりません。
従業員は一つのまとまりではありますが、個性やライフステージによって、仕事に対するモチベーションや仕事に何を求めるかはまったく違います。従業員を一つの方向性に寄せていくのではなく、一人ひとりが異なることを当たり前と捉えたうえで、個々の従業員が何を求めているのかを正しく聞く。このために行うべきことを7つのステップでわかりやすく提示しているため、参考にしていただきやすいと思います。
まとめ
人事担当者の方々から、従業員の離職やエンゲージメントの低下といった深刻な問題に気づき、対処しようとしていても、その深刻さが経営に響いていないという悩みを伺うことがあります。
働きがいの実感できる環境をつくるためには、人事担当者に熱意があるだけでは不十分で、経営と人事の両輪が駆動することが欠かせません。経営者の方がもし、人事は人事部の問題だと考えているならば、その発想を転換すべきです。
そして、今回の特集をきっかけに人事の課題を我が事として捉え、プロダクトを磨くUXの発想を従業員に当てはめて、従業員体験を高める努力をしていただきたいと思います。
『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』編集長 常盤亜由子
早稲田大学を卒業後、東洋経済新報社、ランダムハウス講談社、ダイヤモンド社で書籍編集者としてビジネス書を中心とするノンフィクションジャンルの書籍を担当。ダイヤモンド社ではメンバーとともに電子書籍ビジネスを始動、自社独自開発の電子書籍ビューア「BookPorter」の開発にも携わる。その後NewsPicks等を経て、2019年にはメディアジーンに入社。Business Insider Japanの有料サブスクサービス「BI Premium」の立ち上げとグロースを担当。ゼロベースからコンテンツの企画立案・編集、プロダクトサイドの機能開発・改善に携わりチームをリード。2024年4月にダイヤモンド社に出戻り、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長に就任。
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