経験学習を職場で実施する方法 【松尾睦先生が詳しく解説】
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- ダイヤモンドHRD総研

ダイヤモンドHRD総研・かけだし研究員リリーが、HR領域のエキスパートのもとへ学びに行く企画。いまさら聞けない、人事のキーワードについて教えてもらいます。第5回目も前回に引き続き、松尾睦先生に「経験学習」について語っていただきました。(聞き手/ダイヤモンド社 HRソリューション事業室・西村衣織)
今回のインタビューは……

リリー
ダイヤモンドHRD総研・駆け出し研究員の「リリー」です。

イノ
アシスタントの「イノ」だシシ!

リリー
本連載では、「人事・HRの領域でよく聞くけれど、実はぼんやりとしか理解できてないかも(汗)」なキーワードに関して、かけだし中の私が身体を張って、エキスパートの先生方に“諸突猛進”インタビューします。人事のみなさんに“こっそり”インプットいただける記事をお届けします!

イノ
今回の先生はどなただシシ?

リリー
前回は、青山学院大学の松尾睦先生に「経験学習とは何か」「経験学習サイクルのポイント」について教えてもらいました。今回も松尾先生に突撃インタビューします!

イノ
今回のキーワードは何だシシ?

リリー
前回に引き続き、「経験学習」についてお聞きします! 今回は、上司や人事担当者に焦点を当て、職場での経験学習について教えていただきたいと思います。マネジメントや人事に携わる方はぜひ読んでいただきたいです!

イノ
レッツゴーだシシ!
組織の成長を加速する経験学習の重要性

リリー
松尾先生、今回もよろしくお願いいたします!

松尾
よろしくお願いします。

リリー
引き続き「経験学習」についてお聞きしたいです。前回、「経験学習サイクルを上手く回す力こそが成長のカギを握っている」とおっしゃっていました。その点について、もう少し詳しく教えていただけますか?


松尾
アメリカにリーダー育成を専門とするCCL(Center for Creative Leadership)という研究機関があります。CCLが「優秀なリーダーはどのようにリーダーシップを身につけたのか」について調査したところ、7割が「仕事経験」を通して身についていたことが分かりました。この結果は、経験から学ぶ能力こそが、優秀なリーダーの土台になることを示唆しています。このように仕事経験を通じて学び続けることができるかどうかが、ビジネスパーソンの成長の決め手になるといえるでしょう。

リリー
ビジネスパーソンの成長には、仕事経験からの学びが欠かせないんですね! 具体的にはどのような経験をすると成長につながるのでしょうか?

松尾
特に成長につながるのは、一皮むけるようなチャレンジングな仕事経験です。私の研究では、「他部門との連携」「変革への参加」「部下育成」といった経験を積んだ人ほど、優れたリーダーとなる傾向にありました。こうした仕事を成し遂げることで、対人関係力、考える力、実行力、共感力を身に着けることができます。ビジネスパーソンとして大きく成長するためには、背伸びをしながら、新しい能力を獲得しなければならないような、挑戦的な仕事を経験することが不可欠です。


リリー
「変革」「他者との連携」「育成」などの仕事経験が重要なんですね。どれも難易度が高そうです……。

松尾
マネジメントとは「他者を通して、物事を成し遂げる」ことです。自分でやってしまったら、マネジメントとは言えません。ですから、「連携」「変革」「育成」といった、他者と関わり、協働しながら目標を達成する経験を通して、優秀なリーダーへと成長していくのです。

リリー
難しい仕事にも臆せずにチャレンジしていきたいと思います!
職場での経験学習を促進する具体的な手法

リリー
職場において経験学習を促すために、上司が工夫できることはありますか?

松尾
自分の職場で実践しやすい方法を見つけることが大切だと思いますので、今回は2つの手法を紹介します。
1つ目は「5分間リフレクションエクササイズ」です。拙著『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』で詳しく説明していますが、5分間という短い時間で、対話を通して振り返りを行うというものです。具体的には、まず1分間で最近の仕事を振り返って、印象に残った出来事を選び、「経験したこと、学んだこと」について考えます。その後、ペアになって、振り返った内容を1人2分ずつで共有します。聞き手は、相手の話しを黙って聞き、共感するようにしてください。
あるコンサルティング会社では、毎月の会議の前に、5分間エクササイズに取り組んでいます。5分という短い時間でも、習慣化することで、自然と「経験を振り返り、教訓を引き出す」という経験学習サイクルを回すことができますし、その後の会議でも、活発に意見が出るようです。


リリー
必ず会議の前に行うというルールを職場で定めておけば、自然と組織の習慣になりそうですね!

松尾
2つ目は、1行振り返りノートです。ある病院では、病棟にノートが1冊用意されていて、そこに1人1行、毎日、その日うまくいった事を書くようにしています。小さな成功、しっかりできたこと、ミスなくできたことで構いません。1行という短い振り返りであっても、毎日書くことで、言語化する習慣がつき、ウェルビーングも高まります。このように、あまり複雑なことをするのではなく、負担のない仕組みで経験学習サイクルを回すことが有効です。

リリー
なるほど! ちなみにそのノートに対して、上司はフィードバックした方がよいのですか?

松尾
上司によるフィードバックは、やめておいた方がよいでしょう。上司や人事の負担にもなりますし、書く側も気が重くなってしまいます。自由に書けるという心理的な安心感は、担保しておくことが大切です。ただ、1か月などのまとまった期間で、ノートの内容を簡単に振り返り、フィードバックする機会は設けてもよいと思います。

リリー
1冊のノートに寄せ書きをすると、他の人の教訓も学びになりそうですね! 毎日振り返りをしていると、全部の教訓を覚えておくのは大変だと思うのですが、忘れないための方法などはありますか?

松尾
同じ悩みを持つ方は少なくないと思います。ある商社のマネジャーは、通勤電車の中で仕事を振り返り、そこで得た教訓を、手のひらサイズのメモ帳に箇条書きしているそうです。そのように、教訓をリスト化して、他の機会に応用できたらチェックマークを付けていきます。メモ帳に1行書くだけなので、そんなに大きな負担になりませんし、チェックリストとして使うことで、応用できていない教訓を可視化することもできます。

リリー
教訓ノートですね! 早速実践してみます。
年齢別のアプローチで経験学習を最大化

リリー
上司が経験学習を促していくうえで、部下の年齢によってアプローチ方法を変える必要はあるのでしょうか?

松尾
年齢によって経験値が異なるため、それぞれの段階に合わせたサポートが重要です。若手の場合は、自身の仕事の型を確立していく必要があります。若手社員に対しては、どのようなキャリアを積みたいかを聞いた上で、本人の成長につながるように仕事を意味づけ、経験学習サイクルを自分自身で回せるようにサポートすべきです。そして、背伸びすれば届きそうなチャレンジを繰り返しながら、その人なりの仕事の型を確立してもらうことが重要になります。仕事の型ができあがるには、大体7~10年くらいが目安になると思います。

リリー
なるほど。若手の場合は、仕事の型を確立することを意識して働きかけることが大切なのですね!

松尾
一方で、中堅社員の場合は、一度確立した自身の仕事の型に固執してしまいがちです。そのため、型が古くならないように、常に型のアップデートを意識しながら、振り返りを行うことが重要です。例えば、従来のやり方が最近上手くいかなくなってきたと感じる場合には、思い切って型を捨てて、新たなやり方を取り入れてみることも考えられます。こうした学習をアンラーニングといいますが、上司自身も含めて、仕事の型を常にアップデートする意識が重要になります。

リリー
相手の年齢や経験によって、振り返る際に意識してもらいたいことを伝えることも大切ですね。
経験学習の目的は『育成』だけでなく、パフォーマンスの向上

リリー
新入社員や若手社員向けに経験学習の研修をおこなう企業も増えています。組織全体に経験学習を浸透させていくために、気をつけるべきポイントはありますか?

松尾
育成のためだけではなく、パフォーマンスを上げるために、仕事の振り返りをするという考え方がいいのではないでしょうか。例えば、アメリカの陸軍では、AAR(アフター・アクション・レビュー)というミーティングを実施しています。これは、ある出来事の節目、アクション(作戦)の後に、自分たちの戦いぶりを振り返る会議です。成功や失敗の理由を明確にし、それを文書化してデータベースで共有し、本部で分析をしています。つまり、経験学習サイクルを意識的に回して、軍事力を上げているのです。

リリー
パフォーマンスを上げることを目指すのがポイントなんですね。


松尾
会社は学校ではないので、育成だけが目的になってしまうと、バランスが悪いですね。もちろん育成は大事なのですが、パフォーマンスを上げて、その過程で人が育っているというのが一番いいのではないかと思います。
例えば、IT企業などでは、アメリカ陸軍のように、プロジェクトの中で起きたことを振り返って教訓を出し、それを他のプロジェクトに応用するなど、企業全体のパフォーマンスを上げています。同様に、定期的な職場の会議を、仕事を振り返る場として活用すれば、成果を上げることができるでしょう。

リリー
上司や人事担当者が中心となって、仕事経験を振り返る機会を作っていくべきですね。

松尾
そうですね。ただ、振り返りの場で上司が中心になって司会をしすぎると、発言しにくくなってしまいます。育て上手のマネジャーは、司会進行は中堅社員の方に任せ、自身は少し後ろで見て、「ズレているな」と感じた場面だけコメントし、発言量は2~3割に抑えています。先ほどもお伝えしたように、上司が自分でやってしまったら、マネジメントとは言えません。部下にマネジメントの役割の一部を任せることは、メンバーの成長にもなりますし、上司のマネジメントレベルも上がった証拠です。若手社員にとっても、自分と年齢の近い中堅社員が司会をした方が発言しやすくなるため、彼らの成長にもつながります。


リリー
なるほど! 機会を作りつつも、その場を実際に運営するのは、中堅社員の方や若手社員の方が中心となる設計がポイントですね!
施策成功のコツは、「仕組み化」と「仕事との紐づけ」


リリー
経験学習を促すために1on1を実施している企業も多いと思います。このような施策を会社全体で機能させていくうえで、何かアドバイスはありますか?

松尾
1on1は、普及しつつあるものの、まだまだ上手く機能している組織は少ないと思います。この原因の一つに、「何のための1on1なのか」といった目的や、「何をどう実践するのか」といった内容が明確に定着していないことが挙げられます。組織で施策を機能させて、持続させるためには、「仕組み化」と「仕事と紐づけること」が重要です。
まず、「仕組み化」とは、仕事の中に、振り返りの仕組みを組み込むことです。例えば、定期的な会議の前には「5分間リフレクションエクササイズ」を実施することをルール化することです。このような仕組みがない施策は、すぐに立ち消えてしまう可能性があります。
また、経験学習サイクルが効果的に機能している部署やパフォーマンスが向上した部署を表彰したり、貢献したマネジャーさんを適切に評価したりすることもおすすめです。ただし、あまり負担がなく、現場が続けたくなるような仕組みをつくり、動機づけることが必要不可欠ですね。

リリー
取り組みが自然と継続されるような仕組みをつくるのが重要ですね!


松尾
次に「仕事と紐づけること」についてです。先ほどお話ししたアメリカの陸軍やIT企業における取り組みのように、あくまでも仕事の中で人が育つような仕組みを作ることも大変重要です。会議やミーティングで経験学習サイクルを回す際には、「何が起こったのか?(経験)」「なぜ起こったのか(振り返り)」「どのような学びがあったのか(教訓)」「次の状況に何をすべきか(応用)」というフレームに沿ったシートを用意し、記録しながら進めることをおすすめします。会議を始める際には、前回の会議のシートを確認し、経験学習が成果につながっているかを意識することも大切でしょう。

リリー
仕事と紐づけて、習慣化できると学びも最大化しそうです! 新しい環境に入った時こそ、意識して経験から学んでいきたいものです! 本日は、ありがとうございました。



株式会社ダイヤモンド社 HRソリューション事業室 西村衣織 (リリー)
2001年3月生まれ、愛知県出身。立教大学 経営学部 国際経営学科を卒業後、2024年に新卒入社。大学時代は、人材・組織開発について学び、「人や組織の成長に貢献するコンテンツ作りに挑戦したい」という思いから入社。趣味は、旅行とグルメ。
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